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<title>権利としての社会保障</title>
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<description>必要・十分な社会保障を受ける権利は全ての人がもっています。このブログは、「権利としての社会保障」としての旗を掲げて、社会保障の拡充を実現していくためのものです。</description>
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<title>後期高齢者医療制度の問題点とその解決の方向</title>
<description> 2009・1・8                                                                                石川県社会保障推進協議会　寺越博之はじめに　後期高齢者医療制度が実施されてから、早や9ヶ月が経過した。当事者を含めて大きな批判が起きて、政府は、長寿医療制度への名称変更、三度の見直し、後期高齢者終末期相談支援料の凍結などを進めてきた。しかし、これらの見直しが実施されてからも後期高齢者医療制度に対する怒りの声は
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<![CDATA[                                                                                                                  2009・1・8<br />                                                                                石川県社会保障推進協議会　寺越博之<br />はじめに<br />　後期高齢者医療制度が実施されてから、早や9ヶ月が経過した。当事者を含めて大きな批判が起きて、政府は、長寿医療制度への名称変更、三度の見直し、後期高齢者終末期相談支援料の凍結などを進めてきた。しかし、これらの見直しが実施されてからも後期高齢者医療制度に対する怒りの声は収まるどころか、さらに強まっている。四野党が共同提出した「後期高齢者医療制度廃止法案」は参議院で可決され、通常国会、臨時国会でも継続審議となった。政府は後期高齢者医療制度を廃止させるのではなく、何とか、制度を存続させようとしている。このままでは障害者自立支援法同様、見直し施策の積み上げで、うやむやにされかねない。<br />　後期高齢者医療制度の存続を許さないために、9ヶ月の実施経過を振り返りながら、改めて後期高齢者医療制度の問題点・欠陥を明らかにしたい。<br /><br />Ⅰ．後期高齢者医療制度の問題点<br />１．高齢者の尊厳と自己決定権を踏みにじることは許されない。<br />(1)高齢者を大事にしない社会は希望も未来もない。<br />　現在の後期高齢者は、1933年以前に生まれた人である。後期高齢者は、戦前、国のために「いのちを投げ出せ」と言われた世代である。学徒動員など筆舌に尽くし難い苦労を強いられたものである。廻りの友人・知人は生きて還らぬ人になった人も多くいる。そして戦後は、何もない中で、歯を食いしばり、家族のために、社会の発展のために頑張ってきた世代である。<br />　本来ならば、国は後期高齢者に尊敬と感謝の気持ちを込めて、「これまでご苦労様でした。今後は医療は無料で、安心できる医療を提供し、生活も経済的な心配がいらないようにします」と言うべきである。ところが、今度は、簡単な説明書一通で後期高齢者医療制度に強制連行させられ、74歳までとは違った医療を受けることを余儀なくされた。これは、政府が“長寿医療制度と名前を変えても、高齢者の尊厳と人権を踏みにじるものである。<br />　誰もがやがて高齢期を迎える。高齢者は現在の青年の未来の姿である。頑張って頑張って生き抜いたとしても、将来には、役に立たなくなったとして、人間として大切にされなかったら、人は頑張る活力がなくなるのではないだろうか。だから、高齢者を粗末にするということは、全ての国民を大事にしないことである。高齢者を大事にしない社会には、希望も未来もない。そんな希望も未来もない社会のために、当事者・国民が歯を食いしばって頑張ってきたわけではない。<br /><br />(2)自己決定権を奪うことは許されない。<br />　「高齢者のための国連原則」（1991年国連総会で採択）では、高齢者は「社会の一員として、自己に直接影響を及ぼすような政策の決定に積極的に参加し、若年世代と自己の経験と知識を分かち合うべきである。」と述べている。後期高齢者医療制度は国会審議の場においても、広域連合で連合計画や条例の決定過程においても、当事者から意見を聴いて、法・条例に反映するというプロセスは取られていない。後期高齢者医療制度への移行するか否かの選択の自由はない。当事者への十分な説明と多様な選択肢を示して、当事者が自己決定する自由を保障していない。<br />　「憲法13条の『すべて国民は個人として尊重される』という規定は憲法で一番大切なこと」（伊藤真法学館塾長）であり、「自分の人生は自分で決める」という自己決定権は最も大事な人権である。後期高齢者医療制度は、そのかけがえのない自己決定権を高齢者から奪ったのである。<br /><br />(3)66年も続いてきた「家族単位の仕組み」の変更は許されない。<br />　1927年健康保険制度が実施され、1942年から被保険者扶養家族への医療給付開始された。その後、66年間、医療保険制度は家族単位として運営されてきた。後期高齢者医療制度では、「全ての高齢者から保険料を徴収する」ために、介護保険と同様、一人ひとりの個人を単位とする仕組みに変更した。<br />　その結果、夫婦あるいは家族一緒に加入していた医療保険から、強制的に脱退させられ、夫婦別々、家族別々の医療保険ということが強制された。当事者は「国によって離婚させられた」「家族バラバラににされた」という声を上げている。<br />　私は、保険料負担・窓口負担の軽減のために、世帯分離を提案している。保険料や窓口負担の軽減のために、住民台帳上においても世帯分離（親子、夫婦）を余儀なくされたケースも少なからずあった。<br />　このように、後期高齢者医療制度は、80年間を続いてきた家族単位の仕組み、考え方を一片の通知で変更したのである。しかも、それを急激な変更を受け入れることができない後期高齢者に強制したのである。仮に家族単位から個人単位に変更する理由について十分な説明を受けたとしても、この説明を納得できる人はいないであろう。こんな暴力は許されない。<br /><br />２．後期高齢者医療制度は高齢者のいのちと健康を守るのではなく医療費の削減が目的<br />　老人医療費無料制度を改悪するために導入された老人保健法は、老人福祉法の「敬老理念」を削減し、今度の高齢者医療確保法は、その老人保健法から「健康の保持」を削除し、替わりに「医療費の適正化（抑制）」を目的化した。それを具体化するために右の表にあるように、2025年までに医療費を8兆円削減し、その60%以上を『後期高齢者の医療を削減することで賄う』という計画をたてている。<br />　今後、後期高齢者医療の給付内容はどんどん悪くなる。それは介護保険で実証すみである。2005年の介護保険改定で、保険料を引きあげながら、介護保険給付の縮小、施設の居住費・食費の介護保険外化を実施した。在宅では介護軽度者は、ヘルパーの生活支援サービスや福祉用具の貸し出しなどが大幅に削減された。そして2012年までには介護療養病床が全廃されることになっている。<br />  高齢者の15％～20％が利用する介護保険でさえ、上記の通りだ。後期高齢者医療制度は介護保険以上の結果になるのは火を見るよりも明らかである。<br />　健康保険制度も国民健康保険制度も国民の健康といのちを守るために創設された。後期高齢者医療制度は制度の持続可能性を追求するとして、医療費の削減を目的にしている。医療費の削減が実現して制度が存続されても、国民のいのちが奪われ、健康が破壊されるならば、その制度の存続は何の意義もない。早期発見、早期治療などの取り組みが進めば、結果として医療費が削減されることは、1961年に全国に先駆けて老人医療費を無料化した岩手県沢内村の経験等が実証している。医療保険制度の目的に医療費の削減を掲げることは、本末転倒であり、この『考え方』こそ是正されるべきである。<br /><br />３．後期高齢者医療制度は、公費負担を減らすことが目的<br />　後期高齢者医療制度は公費負担を減らすためにつくられた。そのために、「医療費が増えて現役世代の負担が増え続けて良いのか」と高齢者と現役世代の対立をあおって、国は漁夫の利を得るようにしているだけである。実際には、後期高齢者の負担も現役世代の負担も今後、2年ごとの保険料改定の度に上がっていくのである。<br />　「国民みんなで支える分かりやすい仕組みをつくるため」と厚労省は言っているが、これまでも老人医療費の財源は公費が50％、各医療保険からの拠出金が50％と非常に分かりやすくなっていた。<br />　公費負担は1983年の老人保健法施行時30％であった。以後増え続け、2000年の介護保険施行時に老人医療費の一部が介護保険給付になったため、再び30％に戻った。しかし2002年老人保健法一部「改正」から一定所得者以外の公費負担が毎年4％づつ増えて、2007年には50％となっていた。厚労省はこれを減らすためにこの制度をつくったのである。　<br />　厚労省後期高齢者医療準備室室長補佐（以下「厚労省担当者」という。）が金沢市内の講演（注１）で「後期高齢者医療制度は医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自らの感覚で感じとっていただくものだ」と述べたが、そのためこれまで負担がなかった健康保険家族も含めて、全ての後期高齢者から保険料を徴収することにしたのである。<br />　また、高齢者が増えれば増えるほど、また現役並みの所得の高齢者が増えれば増えるほど公費負担が減っていく仕組みが導入された。従って、国や自治体の負担は今後どんどん減っていき、後期高齢者、国民の負担が増えていくことになる。<br />　「現役並みの所得」という規定はくせ者である。政府は、「現役並みの所得」という概念の定義をしていない。そして現役並みの所得であれば「何故、公費負担がないのか」その理由・根拠を明確にしていない。政府は、2007年現役並みの所得を約100万円引き下げた。極めて恣意的である。後期高齢者医療制度は団塊の世代が75歳以上となる2025年を想定して後期高齢者医療制度の設計をしたと言われているが、2025年には、現役並みの所得基準は、限りなく下がり、多くの厚生年金受給者は、現役並の所得者と判定されるかもしれない。<br />　2005年に1,160万人の後期高齢者が2025年には、2166万人になる（厚生白書より）。後期高齢者が186%も急増するに反比例して公費負担を減らすということは、高齢者のいのちと健康についての国の責任を放棄するものでしかない。<br /><br />４．後期高齢者医療制度は、国民の負担を増やすことを目指している。<br />　後期高齢者医療制度は公費負担を減らすことを目的としているので、医療給付費の削減、高齢者の負担増の2つが追求される。国民の負担を増やすために以下の仕組みが導入された。<br />(1)全ての後期高齢者から保険料徴収<br />　厚労省担当者は「どこがこれまでと違うのか、それは『全ての人が保険料を払うことにしたことである』」と述べている。そのために、これまで保険料負担がなかった被保険者扶養家族（以下「健康保険家族」という。）からも保険料負担を発生させた。<br />　厚労省は、これまで健康保険家族だった人の保険料について以下の通り説明している。「健康保険の被扶養者だった人は、これまでは保険料をご負担いただいておりませんでしたが、長寿医療制度では、新たに保険料を負担していただくことになります。」「これまであなたと同じ所得で国民健康保険に入っていた方は、その方の保険料をご負担いただいていました。新しい制度では、お一人おひとりの所得に応じて、公平にご負担いただくことになります」と。<br />　確かに国民健康保険は、均等割（世帯）、平等割（一人）という負担がある。そしてその仕組みの結果、低所得者程、保険料の負担率（保険料／所得）が高くなるという矛盾を生んでいる。この矛盾は改善することが求められているものであって、新しい制度を矛盾の多い国保に合わせることには道理はない。ましてや前述の通り、1942年から66年間、健康保険家族の保険料負担はなかったのである。<br />  2006年12月ＮＨＫが国保の特集番組を報道した。国保の実態の告発と大量に資格証明書を発行してきた福岡市が資格証明書の発行を止めるようになった背景とその取り組みが報道された。その番組で、厚労省担当者がインタビューに答えて、「国保は相互扶助の制度です」「保険料を払わない人は本来医療を受けることができない」「保険料は参加費である」と国民健康保険法にも規定していないことを述べていた。<br />  「保険料は参加費である」「全ての人から保険料を徴収する」という目的のためには、健康保険制度の保険料算定の仕組みを壊すことが必要であった。厚労省は乱暴にもそれを後期高齢者医療制度で具体化したのである。保険料の対価として医療の給付があるのではない。医療を受ける権利が憲法に規定されていて、その権利を保障するものとして医療を受けることができるのである。<br />　「あなたと同じ所得で国民健康保険に入っていた方は、その方の保険料をご負担いただいていました。」との理屈で保険料負担が強制されるならば、74歳までの健康保険家族、厚生年金第3号被保険者にその理屈が拡大適用されてくることは火を見るよりも明らかである。<br />  「全ての後期高齢者から保険料徴収」という考え方は、「医療を受ける権利」をなし崩しにするものであり、権利としての社会保障を大きく変質させるものである。<br /><br />(2)給付と負担をリンクさせる仕組みの導入<br />　厚労省担当者は「どこがこれまでと違うのか、それは『医療費の10％を後期高齢者が負担する仕組みにしたことである』。何故、独立型保険にしたのか『60兆円の医療費を抑制しながら、若い人が支援していける仕組みにした。医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくことにした。（今まではそうではなかった）』ことである」と述べている。<br />  医療給付費の10％を後期高齢者が負担するという仕組みは介護保険と同様の仕組みである。医療給付費が増えれば増えるほど、保険料負担が増えていく仕組みである。<br />　これまでは、給付と負担は関係してはいたが、リンクする制度ではなかった。この仕組みこそ、医療給付費と下げますか、保険料負担を上げますかと選びようがない選択を当事者に迫る仕組みである。　　「社会保障は負担能力に応じて負担し、必要に応じて給付するものである。」（社会保険庁が発行する社会保障読本）。給付と負担をリンクする仕組みは、これまでの社会保障原則すなわち“応能負担原則”を“応益負担原則”に転換するものである。これは疾病や傷害、老齢などを個人責任にするものである。老齢、障害、疾病等々はこれまで個人的責任から、社会の責任で対応すべきもの、すなわち社会保障として給付するものとして発展してきた。後期高齢者医療制度は、社会保障の歴史に逆行するものであり、社会保障の原則を大きく後退させるものである。<br /><br />(3)市町村の繰り入れができない仕組みの導入<br />　厚労省担当者は「何故、保険者を広域連合にしたのか。『市町村は国保を運営している。保険料を抑えるために一般会計から繰り入れている。後期高齢者医療制度の保険者を市町村にすると、市町村は国保と同じように一般会計から繰り入れてしまう。どうしてもそういう形になってしまう。従って、市町村が無理と言うことになって広域連合にした』と述べている。つまり、自治体が一般会計から繰り入れができないようにするために、広域連合という運営組織にしたのである。従って、国保料を低く抑えてきた自治体の後期高齢者ほど、後期高齢者医療保険料がどんどん上がるようになったのである。<br /><br />(4)個々の高齢者の暮らしの実態が反映されないような保険料の算定方式への変更<br />　後期高齢者医療制度の保険料の算定方式は、「所得割＋均等割」で決定される。所得割は「（所得－基礎控除）×所得割率」の計算式による。東京23区等では、国保の所得割は住民税方式と言われ、（住民税×税率）となっている。そのため東京23区を始め、国民健康保険で住民税方式をとっている自治体住民であれば、後期高齢者の保険料は国民健康保険と比べて高くなる。<br />　上記の表は、金沢市のある世帯「夫年金192万円・妻65万円」の保険料比較表である。所得は全く変わらないのに、保険料は149%となっている。私のところには、「保険料が2倍になった、3倍近くになった。何故だ」という相談が寄せられている。制度が変わることによって、保険料の算定方式が変わり、負担が増えるということは、あってはならない。国による不利益処分の強行は、最も大切な行政と国民との信頼関係を壊すものである。<br /><br />(5)保険料の年金天引きについて<br />　厚労省は保険料の年金天引きの理由を「当事者の利便」のためと言っている。保険料の年金天引きは介護保険から実施し、その時も同様の理屈を述べていた。利便性というのなら「自動引き落とし制度」を利用すれば良いのである。自動引き落としにすれば、家族で相談して、誰の口座から引き落とすかの選択することも可能である。利便性は強制されるものではない。保険料は誰がどのように納めるか、どのようにやりくりして納めるのか、国民は自由に自己決定すべきものである。年金天引きは、そのささやかな自由を奪い、ただでさえ少ない年金がさらに少なくなることによって、人間らしい暮らしを維持できなくするものである。<br />　民間の世界で、利便性やコスト削減の名の下に、制度の仕組み、内容と費用を説明せずに（63000人に到っては製品も届けられず）、お金だけが徴収されることがあり得るのであろうか。介護保険料の徴収率は、98％以上である。特別徴収で100％、普通徴収で92％である。年金天引きの真の狙いはこの高い徴収率、すなわち「保険料の取りぱくれをなくす」ことである。<br />　「どうせ、納めなければならない保険料を天引きしてどこが悪い」と与党の議員、一部マスコミも言っている。しかし、年金は、偶数月に前2ケ月分を支払う「後払い」で支給される。ところが医療保険料の天引きは、当該月と翌月分の2ケ月分を徴収する「先取り」方式である。そのため、常に保険料は一ヶ月分の「取り過ぎ」状態となり、途中で高齢者が死亡したり、他県へ転出すると「還付」することになる。還付にはいちいち請求手続きが必要で請求しなければ返って来ないのである。<br />  また保険料は、法定減免の他に、災害等々の理由による申請減免を受けることが可能である。年金天引きは、個々の特別事情などお構いなしに先取りするのである。年金天引きは、申請減免の権利を事実上奪うものである。<br /><br />(6)世代間分断の新たな仕掛け<br />　今年の４月より現役世代が払う保険料は、現役世代の医療費に使われる「一般保険料」と、高齢者の支援に使われる「特定保険料」に分けられ、給与明細などに明示されることになった。高齢者医療に使われるお金を「目に見える」ようにし、現役世代と高齢者を「分断」させ、高齢者の負担増や医療切り捨てをやりやすくするための仕組みを導入したのである。<br />　この分断・対立の仕組みによって、医療費削減が効果的に進められ、公費負担の削減、国民へ転嫁を進めようとしているものである。<br /><br />(7)資格証明書の対象除外から交付へ<br />　後期高齢者医療制度では、保険料の滞納期間が1年を経過すると、やむを得ない事情がある場合を除いて、保険証の返還が求められ、資格証明書が交付される。これまでは老人保健法対象者は資格証明書発行の対象から除外されていた。また、保険料を十分払える資産や能力があるのに滞納している『悪質滞納者』が資格証明書発行の対象になっていた。後期高齢者医療制度では月15,000円以内の低年金・無年金の後期高齢者が資格証明書の発行対象となった。<br />　「保険料を滞納したら、保険給付が受けられないのは当然ではないか」という意見がある。それは民間の保険と公的医療保険制度との違いをみない誤解である。<br />　国民健康保険法では、被保険者は「市町村又は特別区の区域内に住所を有する者は、当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする」と規定している。その中から健康保険加入者、生活保護受給者等を除外するという仕組みとなっている。国民健康保険は憲法25条に基づいて、被保険者に必要な給付をすることを定めているのであって、保険料の対価として医療保険給付があるのではない。<br />　だから、厚労省は、「資格証明書発行は、滞納に対するペナルテイではない」「接触の機会を増やすためのものである」「医療へのアクセスを阻害するものではない」と説明してきた。高齢者は疾病を多くもち受診が欠かせない。だから、資格証明書の発行対象から除外されていたのである。<br />　2007年5月11日、ＮＨＫの「日本の社会保障が危ない」では、06～07年で国保未交付や資格証明書によってなくなった人は475人にも上ったと調査報告を伝えている。保険証を取り上げ、資格証明書を交付することは、高齢者のいのちを取り上げることであり、殺人である。それは、どんな理屈をつけても許されることではない。<br /><br />Ⅱ．後期高齢者医療制度は地域社会、地域医療に何をもたらすか。<br />(1)高齢者及び高齢者家族に及ぼす影響　　　～家族介護力を弱める～<br />  後期高齢者医療制度は、高齢者の暮らしを脅かし、家族との絆を弱くし、地域社会のつながりを弱めるものとなる。右表は、筆者が住んでいる地域の在宅医療を中心にした医療機関の「在宅療養中止事例の在宅療養期間の推移表」である。往診・訪問看護・訪問リハ等の医療サービスの提供に量・質の変化がないのに、在宅療養期間が三分の一となっている。受け入れる家族の介護力が減少しているからである。<br />　このような現状のなかで、後期高齢者医療制度がこのまま実施されれば、さらに家族の介護力を悪化させ、在宅での療養がますます困難になることが予想される。<br /><br />(2)地域社会の共同性を脆弱にするもの<br />　後期高齢者から保険証を返還させ資格証明書を発行する事務は、市町村職員が担うことになり、市町村職員を「鬼にする」ものとなる。同時に、国民健康保険の事務も大きく後退せざるを得なくなる。現在資格証明書を発行しないとしている自治体も、発行を余儀なくされる。悪質滞納者に限って発行している自治体も「1年以上の保険料滞納者を対象にする」と後退を余儀なくされる。<br />　現在、国民健康保険料の滞納世帯が加入者の20％近くまでに広がり、その結果、国保の未交付、短期保険証、資格証明書が急増している。年金月15000円未満の低年金・無年金の後期高齢者への資格証明書等の発行は、その流れを促進することになる。<br />　競争と対立が激化し、病気になっても「患者になれない」人が急増し、そのことによって、いのちをも奪われる事態が広がる社会に希望も未来もあるのだろうか。映画シッコの場面で、無保険の人がゴミのように、路頭に放り出される場面がある。それを見て、多くの人は、「アメリカ社会のようにしてはいけない」と感じたのではなかろうか。<br />(3)地域医療の崩壊に拍車をかけ、地域で高齢者のいのちと健康を守ることが困難に！<br />  現在、地域医療の崩壊が音を立てて進んでいる。地域医療の崩壊は、歴代の政府が80年代後半から医療費抑制のために、医師養成数の削減、病院数・病床数の削減を進めてきた結果である。地域医療の崩壊の打開には、これまでの医療費抑制を見直し、ＯＥＣＤ並に医療に予算を使うことが求められている。後期高齢者医療制度の目的は、高齢者医療の確保法に明記してあるように、さらなる医療費抑制である。さらなる医療費抑制は地域医療の崩壊に拍車をかけるものである。<br />　筆者が通院しているＳ病院（314床）では患者総数に後期高齢者が占める割合は、外来が25％、入院が51％である。診療報酬収入では、外来が約4割、入院が約6.5割となっている。<br />　後期高齢者医療の診療報酬は08年4月には大幅に下げられることはなかったが、後期高齢者医療制度がもつ「恒久的な負担増と給付抑制の仕組み」からすれば、今後の展開は介護保険以上であることが予想される。<br />　財政赤字に悩む公的病院に、後期高齢者医療の診療報酬が大幅に下げられれば、公的な病院の経営をさらに悪化させ、その存続さえ危なくなる。<br />　2007年46都道府県（奈良県以外）で医療費適正化計画が策定され、療養病床削減計画を定め、2007年から具体化されようとしている。療養病床の削減は、医療・介護難民を増やし、地域の医療機関の存続を危なくしている。<br />　これらの結果、医療が必要な高齢者が通院、入院する医療機関が無くなる地域が増えてくることが予想される。地域から医療機関が無くなれば、高齢者のいのちも健康も守れないだけでなく、全ての住民が住み続けれなくなる恐れがある。<br /><br />Ⅲ．おわりに<br />  かって、フランスの哲学者フィリップ・アリエスは「どの時代をみてもお年寄りを疎外している社会は子ども達を疎外している社会である」「お年寄りを大切にしている社会は子ども達を大切にしている社会である」と述べている。高齢者が安心して暮らせない社会は誰もが安心して暮らせない社会なのである。大阪大学教授の堤修三氏（元厚労省老健局長）は高齢者をじゃま者扱いし、切り捨てるこの改悪を、「姥捨て山」と呼んだが、高齢者の尊厳といのちを粗末にする施策の前途には未来も希望もない。誰もが住み慣れた地域で安心して暮らせる地域社会を再構築していくためには、後期高齢者医療制度は廃止させるしかない。 ]]>
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<dc:subject>後期高齢者医療制度</dc:subject>
<dc:date>2009-01-11T23:45:19+09:00</dc:date>
<dc:creator>心一つに</dc:creator>
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